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まず始めに

こんにちわ。このブログを作ったきっかけをまず書いていこうと思います。

まず私は昨年の夏までとあるところで働いていました。その年の初めまで、のんびりした部署で1年半ほど働いておりました。それなりに働く意味を見出し、同僚とも上手くやり、一応はポジションのある地位でやっておりました。

年末に課長から呼び出され、「君には今後も期待している。なので、別の新設部署に行って責任者として頑張ってほしい」と急遽言われたのです。当初は戸惑いました。まだ入社して1年半の身でしたので。しかし、ある程度歳を取ってからの転職、ステップアップして給与アップなどを考えるとある意味いいチャンスだと思いました。なので、一応は妻にも相談し、そのオファーを受けることにしたのです。

しかし、新部署は他社からの引き継ぎのある、かなり困難な業務が伴い。しかもこれまでやってきた環境とは無縁の仕事が多く、戸惑うばかり。付けられた部下はまだ入社1ヶ月の新人。そんな彼女にろくな教育や指導もままならぬまま、自分の仕事をこなすのが精一杯でした。一応、自分の上にも上司はおりましたが、その人がかなりの気分屋。同僚からの評価も芳しく無く、ナンバー2の上司もかなり使い物にならない人材。私はどんどん疲弊していきました。

さて、家庭では長女が同時期に不登校となり。長年可愛がっていた愛犬も虹の向こうへ旅立ち、家庭内の雰囲気は最悪だったのです。私はこれまで遅くとも19時には帰宅していたのですが、新部署となってからは朝は7時前に家を出て、家に帰るのは22時が当たり前という毎日が数ヶ月続きました。当然、家庭を顧みる余裕はほとんどない状態。その新部署に移ったタイミングも年度末で、事業報告書と来年度事業計画書を同時に書くという、ほぼ意味のわからない作業に追われました。加えて、イベント開催なども重なり、「ここは何処、私は誰」と自問自答するような毎日が続きました。

私は直属の上司をスキップして、課長に「もう無理です」と訴えました。悪いと思いましたが、直属の上司に言っても話にならないと思ったからです。後で怒られるはめになりますが、もう限界です。課長には「早めに、提携の心療内科をかかるように」と指示されました。

人生初の心療内科に行きました。「もう休みましょう。なにもしなくていいです」と医者に言われました。そこから私は後ろ髪を引かれるような思いで、超絶多忙な部署を後にし、休職することになったのです。罪悪感を抱えつつ、何処かホッとしていました。しかし、家庭ではさらなる問題が待っていたのです。